第三話「統括責任者は誰?」
このリゾートホテルには、ホテルにありがちな和洋中3つのレストランがあった。それぞれに料理長はいたが、総料理長は置いていなかった。道元は不思議に思い、総支配人に聞いたことがあったが、その答えは何とも要領を得ないものだった。
「総料理長ですか?それぞれのレストランに調理の責任者がいればそれでよいのではないでしょうか。多分、こんな小さなホテルですから、頭でっかちの組織は必要ないと言うことでしょう。私にもよく分かりませんが。」
「ホテルに総支配人がいるように、調理にも統括する人間は必要なのではないでしょうか?」
「一応私が総支配人と言うことになっていますが、何の権限もありませんし、前任の総支配人が退職されて、たまたま私がその下にいたと言うだけですから。現場を統括するなんて考えたこともありません。池田社長からそんな話も聞いたこともありませんし。」
現在の社長は目の前にいる道元なのに、全く眼中にないように池田のことを社長と呼ぶ折伏総支配人の鈍感さにも呆れるばかりだった。しかし、安乗興業の池田社長はどのようなマネジメントをしていたのだろう。それとも、このホテルのスタッフは元々このような指示待ちの人間だったのだろうか。むしろ、これらの事の方が気になった。
「おい、冷めてしまうだろう。早く料理を持って行けよ。」
和食レストランの板長が、和食調理場の中から大きな声でホールスタッフに怒鳴りつけていた。
「まったく、“おもて”※の人間は何にも分かっちゃいねぇな。のろくてしょうがねぇ。」
舌打ちをしながら、旬のスズキをさばいていた。
「親方。フロントから内線です。」
「…、そんなの出来ねぇ。今から一人分懐石料理を追加なんて出来るわけ無いだろう。…、夕食時間までまだ3時間あるから、何とかならないかって。馬鹿言ってんじゃねぇ。料理って言うものはだなぁ、はいそうですかってすぐに出来るものじゃないんだ。」
和食の職人たちは、親方の内線電話のやりとりを横目に見ながら黙々と仕込みをしていた。
フロントで懐石料理の追加をお願いしていたお客様は、ひたすら謝り続けるフロント女性を置いて自室へと戻っていった。このお客様もまた、無表情だった。
※おもて:料理人が良く使う用語。調理場を“なか”、ホール(接客)を“おもて”と呼ぶ
つづく