第四話「営業と調理場」
「ちょっと、お話ししませんか。」
道元は、長瀬営業支配人に声をかけた。長瀬営業支配人は、まだ30代前半と若く昔は血気盛んだったと聞いていたい。現在は、他の幹部と同様に物静かに与えられた仕事を黙々とこなすようになっているように見えた。ハードジェルに固められた髪型は一糸の乱れもなくまとまっていたが、妙な古くささを感じさせてもいた。そのせいか、年齢の割には年をとっているようにも見えた。年々売上が低迷している状況において、自身の担当しているエリアだけは、何とか前年対比をクリアーしていた。
「長瀬さん、ご担当のお客様からは根強い支持を得ているようですね。売上が伸び悩んでいるのに、長瀬さんはどうしているの。なんか、秘策でもあるんでしょうか。」
尊敬のまなざしをたたえながら道元は聞いた。
「どうでしょうか。特別なことは何もしていませんから。ただ、良いお客様が付いて下さっているだけでしょう。」
「それじゃぁ、普通にやっていることを教えてよ。良いお客様だって、こちらから何も仕掛けなければ離れていっちゃうでしょ。」
特別道元に話しすることは何もないと、迷惑そうな顔をしていた長瀬であったが、道元の笑顔としつこさにほだされて、少しずつ話し始めた。
伊勢志摩はただでさえ大箱のホテル旅館が多く、もともと競争の激しいエリアだった。そこに、有名なブランドを引き下げた運営会社が進出したり、大手資本の系列店が大規模は資本投下を行って依然と見違えるような改装を実施したり、女性を強く意識したスパゾーンを充実させたホテルがあったり、競争は激化する一方だった。一方、名古屋から電車で2時間ほどかかるエリアであり、名古屋や関西からの集客が主である。しかしながら、折からの景気悪化によってこのエリアからの送客数自体は余り変わらないものの、客単価の下落が続いていた。
長瀬は、こまめに担当エリアにある中小エージェントや総合案内所を周りながら、売りとなるプランを中心に、少しでも単価の取れる商品の販売に注力しているのであった。少々原価がかかっても、単価がそれなりに取れれば、粗利は増える。結果的にホテルの収益にもプラスになるはずだ、長瀬はだんだん話しに力が入ってきているようだった。
「長瀬支配人、板長とシェフからお呼びがかかっていますが。」
フロントの女性からだった。
「多分、今回売りにしようと思っているプランの話しだと思います。設定原価率が高くて予算の原価率を上回るだのなんだのって、いろいろと文句を言ってくるんですよ。調理場の方々は。」
そう言って、道元を後にして去って行った。
つづく