コンシェルジュノート

2012/02/27 再建屋 道元

第二十二話「還暦祝いの夜」

「もう少し詳しく聞かせてもらっても良いかな。」
 道元は、少し身を乗り出して早樹に向き合った。
 「その・・・、うまく言えないんですけど。一昔前であれば、どんなに苦しくてもみんなで頑張ろうって、そんな雰囲気があったんです。それが最近は、自分の業務をこなすことを第一にしていて、お客様を疎かにしているような感じがするんです。」
 早樹は、何かを思い出そうとして、軽く腕組みをしながら首をかしげていた。笑顔で接客する姿と相対するその真摯な姿に、道元は気高さを感じた。早樹は、仕事を単なる仕事としてでは無く、自分の人生そのものとして捉えていた。そして、その自分が選んだ人生を、少しでも豊かなものにしていこうとする求道者のごとく、生きているのだった。
 「私がパントリーで泣いていたときがあったと思うのですが、あの時は、あまりにも情けなくなってしまって・・・。」
 「情けなく?」
 「ええ。その夜お泊まりのお客様で、赤ちゃん連れの若いご夫婦とそのご両親の5名のお客様がいらっしゃったんです。事前の顧客情報でも、お父様が還暦と言うことで、若いご夫婦からのお祝いを兼ねたご宿泊でした。私は、人生の一区切りを過ごす大切な時間なので、ご夕食は料亭街の個室が良いと申し上げたんです。そして、ちょっとしたお祝いでも差し上げれば、とても喜ばれると思ったんです。夫婦箸でも良いですし、ご家族とのお写真でも良いですし、何でも良いと思いました。このようなことを、仲居頭に申し上げたんです。でも、人がいないから、手間がかかるからだめよと言われて、結局レストラン食になってしまったんです。」
 早樹は、その早樹のことを思い出すのも嫌な顔をしながら、そのときの様子を話し始めた。
 「ちっちゃいお子様がいらっしゃるから、どうしてもぐずったりして、廻りのお客様の目を気にしてしまって、ゆっくりとお食事も出来ない様子でした。しかも、お祝い用の舟盛りをお願いしていたはずなのに、普通のお刺身が出ていたり、お子様が召し上がる料理も無く・・・。もう散々でした。板場には、仲居頭を通じて、どうなっているのか、今からお作り直しできないのかどうか、確認したのですが・・・。出来ないの一言で終わったようです。」
 「でも、後で聞いたんです。実は、仲居頭は板場には何も伝えていなかったって。舟盛りなどの特別料理が提供できなかったのは、事前の情報伝達ミスのようだったのですが、その後仲居頭もフロントも何のフォローも無かったんです。」
 胸に挟んでいた薄手のハンカチを取り出して、軽く目頭を押さえていた。早樹の手が震えているようだった。
 「あのお客様の、還暦祝いのお食事をした時間は、とてもつらいものだったと思うんです。私たちは、お客様に感動を提供する仕事なのに、つらさを与えてしまった。」
 それきり、早樹は黙り込んでしまった。
 つづく