第三十四話「地銀からの依頼」
まだ残暑の厳しい日が続いていた。
東日本大震災による原発事故の余波から、全国的に今夏も節電を強いられていた。公共施設はもとより飲食店やショッピングセンター、コンビニなどの商業施設も設定温度を高くせざるを得ず、利用客はうっすら汗を浮かべながら食事やショッピングを楽しむことが当たり前になっていた。
この地銀の本部会議室も蒸し暑かった。特にこの銀行は設定温度を28度にしているようで、非常に暑く感じた。
「櫻井さん。何とかお引き受け頂けないでしょうか。あのホテルを立ち直らせることが出来るのはあなたしかいない。」
取引先の企業を経営面からバックアップする部署である企業支援部長の権堂は、道元に向かって率直に話していた。そもそも、銀行員はなかなか本音を言おうとはしない。いつも何かに制限された枠の中で、当たり障りの無い事を言うことが多いものだと思っていた道元は意外であった。
「あの会社の経営者は、経営責任を取って全て退任させました。会社には社長の息子がいるんですが、まだ若く経営が何かを分かっていない。そこで当行から社長を出向させようとしたんですが、どうしても良い人材が見つからない。」
権堂部長は、少しあきれているようだった。
この地銀は、当社のメインバンクであり、再生のために全面的にバックアップしてきたようであった。ある程度の金融支援を行う代わりに、経営者責任と株主責任を取らせるために社長を含めて全役員を退任させた。しかし、誤算はこの後だった。当案件の地銀の担当責任者は行内から誰かを出向させればそれで何とかなると踏んでいたようであったが、外部スポンサーからの指摘があり、やはりホテル経営に精通した人材で無いと立て直しは難しい、と言うことになったらしい。それでは、誰に社長をやらせるのか、と言ったことでここ数ヶ月もめているようだった。
「我々には時間が無い。そんな中、ホテル旅館の再建に実績のある櫻井さんに何とかお会いできた。このチャンスを大切にしたい。」
道元は、うなずくとも無くただ黙って話を聞いていた。
「私は、銀行のために仕事をするつもりはありません。それでは失礼いたします。」
そう言い放って、道元は会議室を出て行ってしまった。
つづく