第五十三話「旅立ち」
プロジェクトチームリーダーであるにも関わらず、忙しさを口実に、日常業務をこなすことだけをよしとしてきたフロントマネージャーの財前は、いまや見違えるように成長していた。
売上向上、経費削減、サービス向上の各チームを統括していく過程の中で、主体的に改善活動に取り組み、その成果が現れて来たことが、財前の自信を深めていたのだった。
既にプロジェクトチームは、単なるチームではなく、このホテルの原動力そのものになっていた。GOPは18%から30%まで増加し、スタッフの雰囲気も以前と比べると見違えるように明るくなった。結果は、明らかであった。
「来月より不在だった総支配人代理を、財前さんにお願いすることになりました。」
道元はいつものミーティングで、スタッフを前にそう告げた。
「財前さんは、皆さんもご存じの通りプロジェクトチームのリーダーとして前向きに取り組んでもらい、結果も出てきた。次世代のリーダーとしてふさわしい人材だと考えています。」
財前は、あの苦みつぶしたような皮肉屋の顔が微塵もなくなり、人事を前向きに捉えて身の引き締まるような顔をした。周囲のスタッフも笑顔だった。
「あともう一つだが、私は本日をもってこのホテルを退職することになりました。私の代わりは、しばらく現オーナーである、ネットエージェンシーの社長が就任します。しかし、社長もお忙しい方です。基本的な経営と運営は、総支配人と総支配人代理の財前さんにお願いすることになります。」
カフェレストランアシスタントの志村奈々が、幹部スタッフの立ち並ぶ前列に出てきた。
「道元社長。お辞めになるってどういうことですか。プロジェクトチームも成果が出てきて、雰囲気も良くなったというのに・・・。」
志村はそれ以上の言葉が見つからないようであった。その後は誰も言葉をつながなかった。
「大丈夫ですよ。もう皆さんならば、ご自身の足で立って、ご自身の頭で考えて、ご自身の温かい気持ちを素直にお客様に伝えることができます。これ以上私にできることはないんですよ。」
「道元社長。」
前オーナー社長の佐郷が一言声を出した。
「佐郷さん。いつかはきっとあなたも、経営者としてこのホテルを継ぐべきだと思う。それまでに何をやれば良いかは、自分で分かっていると思います。倦まず弛まず、です。頑張って下さい。」
道元はそう言って、フロントバックを出て行った。
《了》