第五話「経営会議」
ホテルの一室で会議が開かれていた。
出席者は、坂本社長、坂本取締役料飲部長(坂本の妻)、森下総支配人、福島総料理長、高槻営業部長、小野上料飲課長、板東経理課長の7名である。各部門長が出席する、いわゆる経営会議である。
いつも通り、板東経理課長から前月の業績について淡々と報告が続いた。目の前にある資料を見れば分かることを、一つ一つ丁寧に説明するのが板東のやり方であった。社長の坂本は少しうんざりしながら聞き流していたが、小野上料飲課長はうなずきながらしっかりと聞いているようであった。こうして長い業績説明が終わった後、坂本は口を開いた。
「要するに、4月度は前年対比で12%の減少だと言うことだ。宿泊が昨年度からずっと減少傾向が続いていること、宴会部門が大きく減少していることだ。総支配人、この要因と対策はどう考えているんだね。」
これもいつも通りの流れであった。数字の変化だけは掴んでいるようであるが、その要因も対策も社長には考えつかないようである。森下は事前に用意していた資料を配付しながら、売上減少の要因については、細かく説明を始めた。
「・・・。ですから宿泊については、競合ホテルの値下げによる顧客の流出が激しいことが一番の要因であると考えられます。また、当ホテルの施設の優位性はありませんので、同金額でも競合ホテルに流れている状況が昨年から続いている模様です。特に、昨年に新築された大手チェーンのAホテルの稼働率が高いようです。こちらは、客室が15㎡と広く、朝食は無料、温泉の大浴場もついておりますので、施設的にはどうしても負けてしまいます。このハードにも関わらず、価格は5,500円~6,500円ですので、弊社の6,500円程度の価格帯では太刀打ちできない状況です。」
坂本は森下を見つめながら、
「では、販売価格を低くすれば良いのか。」
「いえ、当エリアの宿泊需要が減退している状況で価格を更に下げてしまうと、稼働率が上がらないまま単価のみが下がってしまうことになると思います。結果的に、収益の悪化を招くことになろうかと思います。」
このやりとりを聞いていた坂本伊織取締役が口を挟んできた。
「価格を下げないのであれば、サービスで勝負するしかないじゃない。総支配人はもっと従業員のサービス力を上げるよう指導して、顧客満足を上げる努力をしたらどうなの。このところ、アンケートの評価点も低くなる一方じゃない。」
まるで、森下が何も教育をしていないかのような口ぶりで、いささかヒステリックに発言をした。坂本伊織は、元々旅館の娘であり、小さい頃から接客に慣れ親しんできたという自負があった。もちろん、自分が料飲部長であり、サービスに関しては自分にも責任はあることは承知していながらも、数字も満足も低下する一方の状況に森下に当たらざるを得ないようであった。
「かしこまりました。坂本取締役と相談しながら、再度従業員教育に重点的に取り組んで参ります。」
冷静を装い、森下は言った。
「それでは、まずは教育に重点を置いて顧客満足を上げると言うことだな。よろしく頼むよ。」
坂本はこう言い残して、さっさと席を立った。坂本の頭の中には資金繰りのことで一杯になっていた。今月の支払をどうすればよいのか、それだけが当面の課題なのだ。
つづく