ホテル旅館における業務効率化の”カンどころ” 第2回: 業務効率化は、”急がば回れ”
前回の第1回では、ホテル旅館の業務効率化が進まない理由として、次の3点を指
摘しました。
【A: 全体が見えていない】
【B: 場当たり的な対応】
【C: 思い込み・思考停止】
裏を返せば、実際の改善に取りかかる「前」に、これらの理由を克服できれば、
業務効率化は格段に進展する、ということでもあります。
つまり、
業務の全体を見わたして、課題を洗い出し、 【A】
優先順位の高いものから、根本的な原因を特定し、【B】
固定観念を取り払い、柔軟な発想で取り組む 【C】
ということですね。
【A: 業務の全体像を把握して、課題を洗い出す】
業務の全体像を把握する、というと、何をいまさら…、という感想を持つ方も
いらっしゃるかもしれません。
これは、業務に対する理解を深めるというよりも、課題の分析に入る前に、視野
を広げておく、という意味合いを持つ作業です。
たとえば、前回の記事の中で取り上げた「頼んだお酒が宴会場に届いていない」
というケースについて。
これは一見、厨房から宴会場までのデリバリーの部分についての問題のように見
えます。
しかし、可能性としては他にも、
(1) オーダー伝票が、別のお客様のものと取り違えられていた
(厨房内の情報伝達の問題)
(2) 注文の酒は品切れになのに、スタッフがいつまでも探し回っている
(保管スペースのレイアウトや表示、または在庫管理の問題)
(3) 予約のときに電話で頼んでいたものが、記録されていなかった
(予約受付業務の問題)
…など、さまざまに想定することができます。
仮に、(2)が原因だった場合、酒の保管スペースの整理整頓や、適切な発注体制
の整備が解決策となり、接客部門とは異なる担当が改善の対象となるでしょう。
「追加注文のドリンクを、すみやかにお出しする」
という、一見単純な業務でも、これだけ幅広い可能性があるのです。
課題の所在を取り違えると、ここから先のプロセスも、すべて無意味なものにな
ってしまいます。
反対に、しっかりと視野を広げられていれば、課題解決に「効く」ポイントを見
つけられる可能性も高くなるでしょう。
【B: 優先順位の高いものから、根本的な原因を特定していく】
Aのプロセスでは、広い視野で、できるだけ多くの課題を洗い出すのですが、
次は、そこからどのように絞り込んでいくか、が焦点となります。
この段階で、まず必要となるのは、
「量」×「頻度」
の2つの観点です。
作業量が多くひんぱんに発生する業務の方が、高い改善効果を見込めるからです。
Aのステップで洗い出した業務や課題について、この「量」と「頻度」の観点か
らランク分けをしていきます。
ここで重要なのは、具体的な指標で「量」と「頻度」を測ることです。
その業務に、どれくらいの人数が、それぞれどれくらいの時間をかけているか
その問題が最後に起こったのはいつか。その前は?
過去、その事態に遭遇した経験のあるスタッフはどれくらいいるか
お客様からの強いお叱りなど、直前にあったことや強烈に印象づけられたことは、
記憶に残りやすく、「よく起こっている」と誤認しやすい傾向があります。
また、声の大きいお客様やスタッフが主張していることだけに引きずられるのも、
認識をゆがめる原因になります。
極端な話、どんなに大きな問題になったクレームであろうと、それが将来的に起
こる可能性が非常に低いのであれば、対策を講じる必要はないのです。
(もっとも、重大なクレームの背景には、日常的に頻発しているさまざまなエラ
ーが、複合的にからみあっているケースが多いのですが…)
こうして優先順位の高い課題を特定できたら、原因究明のステップに入ります。
ここではまず、Aのステップで確認した業務の全体像も踏まえつつ、問題となっ
ている事象が発生するまでの経緯を時系列で整理します。
このとき、「モノ」「ヒト」「情報」のそれぞれの流れから検証していくと、
より正確な検討ができるはずです。
「品切れのドリンクを探していてお客様への提供が遅れた」ケースであれば、
(1)「モノ」の流れ
– 業者から納品された酒は、どういう経路で移動し、最終的にどこにスト
ックされるか
(2)「ヒト」の動き
– (1)を担当しているのは、それぞれ誰か
– 接客スタッフが品切れ状態を把握できるタイミングは、どこにあるか
(3)「情報」の内容
– 品切れかどうかや在庫の有高は、何を見ればわかるか
などといったことを確認していく必要があります。
【C: 固定観念を取り払い、柔軟な発想で打ち手を考える】
実は、AやBのプロセスの議論を行っていると、いつのまにか打ち手や対策につい
ての議論になってしまっている、ということがよくあります。
「とにかくなんとかしなければ…」という思いが先行してしまうのでしょう。
ですが、現状分析と打ち手の検討は、プロセスを分けて行うことが重要です。
前項のケースで言えば、対策として「定位置を決める」というa案と、「品切れ
を起こさないよう、在庫をこまめに確認する」というb案があったとします。
一見、どちらも正解に思えます。
しかし、このケースで考えれば、スタッフが注文を受けた場で、その酒が品切れ
で提供できないことを伝えられていれば、お客様の不満にはつながらなかった可
能性もあるのです。
欠品を生じさせない、在庫の状況を把握できるようにする、というのは、この一
連の業務の中で、比較的、上流の部分に該当する打ち手です。
一方、欠品は生じてもよいので、お客様に誤解を与えない説明をする、というの
は、もっとも水際での対策となります。
そもそもの発想の原点が異なるので、この3つの施策を同列で検討していると、
まったくかみあわない議論になってしまいます。
特に3つめの施策の、「欠品が生じてもよい」という前提には、大きな発想の転
換があります。業務プロセスのどの段階での打ち手か、というイメージがなけれ
ば、発想しづらいものかもしれません。
長い長いプロセスに思えるかもしれませんが、ようやくここから、具体的な打ち
手の検討に入っていきます。
正確な現状分析と、対策すべきプロセスの特定ができていれば、多くの場合、納
得性の高い解決策は、おのずと絞り込まれてくることでしょう。
とはいえ、効率化を目指して業務のあり方を変えてみたものの、新しいやり方が
どうにも定着せず、気がつけば、以前のままの業務に戻っていた…という事態
に直面されたことも多いのではないでしょうか。
実は、業務効率化を実行に移していくにあたっては、改善を定着させるための、
いくつかの「定石」が存在しています。
改善の道は険しいものですが、その「定石」を知っているだけで防げる失敗もあ
るのです。
最終回となる次回は、その「定石」についてご紹介していきます。