第六話「フロントスタッフの嘆き」
折伏総支配人は、温和で人当たりの良い人間であった。そのため、お客様からの評判も良く、その接遇能力には定評があった。レストランの常連である地元のおばあちゃんは、決まって「折伏さんはおるかね。」とレストランスタッフに声をかけて、総支配人と四方山話をすることが生き甲斐になっていたぐらいである。レストランでは、延々と続くおばあちゃんの話を、笑みを絶やさず頷きながら聞いている総支配人の姿がよく見られた。
「総支配人、聞いて下さい。板場に懐石料理を一名分追加して欲しいと伝えたのですが、板長は出来ないの一点張りなんです。最近特にひどいんですよ。板場をどうにかして下さい。お願いします。」
女性のフロントスタッフが、困り果てて懇願するような面持ちで総支配人に打ち明けていた。
「フロント支配人には話しましたか。」
「ええお伝えしました。そうしたら、総支配人に相談しろ、とのことでしたので。本来は総支配人にお話しするようなことではないかも知れませんが。私も内部の事情でお客様に謝ることに疲れたんです。どうにかなりませんか。」
道元は、フロントバックのデスクからこの様子を見ていた。
「そうだね。板長がそう言うんだから仕方ないんじゃないのでしょうか。我々が料理を作れるわけでもないし、やはり板場には板場の都合があるんじゃないのかなぁ。」
フロントスタッフは、驚いた表情をして、
「お客様のご要望ですよ。それに応えるのがホテルじゃないのですか。」
「自分が出来る範囲で、自分なりの最高のおもてなしをすれば良いのではないでしょうか。あなたも、板場がどうのこうの言う前に自分で出来ることを精一杯やった方が良いんじゃないでしょうか。」
フロント女性は怒りと言うよりも、あきらめの表情に変わっていた。そして、眼にはうっすらと涙が溜まっているように、道元には見えた。
道元は、以前このフロントスタッフがお客様に謝り続けて、取り立てて文句を言うこともなく踵を返して自室へ戻るお客様の後ろ姿を思い出していた。見るに見かねて、フロントスタッフに声をかけた。
「それは、あなたの仰ることの方が正しい。私が板場に話をしてみるから、しばらく待ってもらえないでしょうか。」
「はい、かしこまりました。」
フロントスタッフは納得し切れていない様子であったが、少し疲れた感じで自分のポジションに戻っていった。
振り返ると、折伏総支配人はもうそこには居なかった。
つづく