コンシェルジュノート

2011/08/30 再建屋 道元

第十一話「信頼感と計数管理」

 このリゾートホテルは、確かに過大な借入を行っており金利負担も大きくなっていたが、バランスシートを大きく悪化させるほどの負債ではなかった。それは、やはり安乗興業からの資金がある故のことであった。安乗興業がスポンサーでいるからこそ、閑散期を乗り切るための運転資金を金融機関からの追加融資で賄うことが可能であったし、基幹設備を含めてホテルとしての基本機能を上げるための設備投資も可能だったのである。そのための資金調達を池田社長は決して惜しまなかった。

 もちろん、このような事情を従業員は知る由もなかった。ホテルの損益計算書を読める人もほとんど居ないぐらいだったのだから、バランスシートなどは未知の世界であった。そのため、ホテルでは当たり前の部門別会計という概念も全くなかった。ホテルには、客室の販売とメンテナンスを担当する宿泊部、飲食を担当するレストラン部、一般宴会や婚礼を担当する宴会部など様々な部門があり、それぞれの部門で売上及び部門利益を管理していく会計が部門別会計である。このように、部門別に的確に利益を確保していくことが重要なのであるが、このホテルにはそのような概念はなかったのである。

 道元は、従業員同士の信頼感というつながりが切れていることが、慢性的な赤字の問題の本質だと捉えている一方、基本的な計数管理が管理職に根付いていないことも慢性的な赤字の原因だと踏んでいた。

 

 「道元さん、売上総利益というのはいわゆる『粗利』ですよね。それは分かるんですが、『販管費』というのがよく分からないんですが。ホテルで言うとどのような経費が『販管費』になるんですか。」

 毎週1回平日の夜に幹部研修会を開催していた。もちろん、道元は先生役だった。若干でも会社の経営に携わった人間ならば知っていることも、このホテルの幹部はほとんど知らなかった。しかし、道元はこのような基礎的な研修会を、今まであちらこちらのホテルで行ってきた。ホテルの幹部たちは、サービスや料理に対して質を高めようとする教育はされているが、計数管理を含めてマネジメント教育はほとんどなされていないからであった。

 始めた頃は、現場が気になって研修に身が入らなかった幹部たちも、日を追う毎にまっすぐに向き合うようになってきていた。それが嬉しくて、道元も日に日に熱が入ってきていた。

 与えられた課題を必至になって解く幹部たちを、道元は目を細めて見つめていた。

 

 

 つづく