第十八話「お献立組み」
当館では、年に4回、つまり季節ごとに基本となるお献立を変更する。
ここ房総半島は、他に負けないほど魚が豊富なエリアである。伊勢エビは、この周辺では房州エビと言われており、そのほとんどは築地に出荷されて伊勢エビとして取引されている。また、あわびも房州あわびと言われるほど良く獲れることで有名だ。そのほか、アジ、鯛、ヒラメ、金目など地元の近海魚もたくさん獲れる。
「このお献立じゃ、お客様は呼べないわ。板長、うちのお客様はね。」
そう言って、女将は板長が筆書きしたお献立をデスクにおいて、板長に向き合った。
「地元の魚がてんこ盛りで、お膳に並べきれないほどの料理がないと喜ばれないの。ここ房総のイメージが魚なの。おいしい地魚を食べたいから、ここまで来るの。東京から電車で2時間もかけてくるのは、それが美味しいからよ。だったら、そのニーズをくみ取ってあげるのが板場の役目じゃないの。」
「女将さん。それは分かっているんですが地魚を大量に使って、品数も減らさないとなると原価が高くなってしまいます。そのようなお献立を組んでしまうと、どうしても設定原価の22%を超えてしまうんです。」
「板長。もうちょっと工夫してちょうだい。いい、原価は守りつつ量は多く、お客様がびっくりするぐらいのものにして。」
「はい。かしこまりました。」
もう少し話を聞いてほしいといった素振りを見せたものの、板長はあきらめ顔で事務所を出て行った。
その後、新しいお献立について話し合うこともなく、数日後冬のお献立が始まった。
「板長。これはどう言うこと。どうして、私の言っていることが聞けないの。この前の話と全く違うお献立じゃない。」
「お言葉ですが、女将さん、我々は原価を守らなくちゃいけないんです。限られた原価では出来ることも限られます。お客様のことは大事ですが、しっかり儲けることも大切です。その中でしっかりやっているつもりです。女将さんも経営者なら分かるでしょう。原価の大切さが。」
「あのね、まずはお客様においで頂いて、喜んでもらうことが一番重要なの。それが旅館業の基本でしょ。それがあるから売上につながるんじゃないの。どうして板長は、それが分からないのかしら。」
女将はいきり立っていた。
「いいわ、もうお客様がいらっしゃる時間だから。このぐらいにしておきましょう。でもこれからはちゃんと私の言うことも聞いてね。」
ふっと、踵を返して調理場を出て行った。