第十九話「大型の失注」
鷺沼営業部長が憂鬱そうな顔をして、帳場に戻ってきた。予約台帳にお客様の情報を書き写していたフロントスタッフが挨拶したにも関わらず、気もそぞろにパソコンに向かった。
「あら、鷺沼部長、お帰り。営業ご苦労さま。それでエージェント訪問の結果はどうだったの。」
女将は、鷺沼部長の後ろ姿を見つけて、すぐさま声をかけた。
「今報告書を書いてまして、それから女将に報告しようと思ったのですが・・・。」
途中で言いよどんで、女将の顔を見上げたと思ったら、すっくと立ち上がった。
「女将さん、申し訳ありません。実は、○TBさんが設定しているコースからうちが外されてしまったんです。」
「えっ。あのコースは、年間30本もある、うちにとって一番大きな募集ものじゃないの。どうして・・・。」
「それが・・・、ちょっと言いにくいんですが、うちに対する評価が下がったみたいでして・・・。サービスのレベルが落ちたとか、料理の質が悪いとか、なんだかんだ言われまして・・・。その・・・、先代の社長から女将さんに経営者が変わってから、だんだんと悪くなったって言われました。」
「何ですって。」
女将の顔がみるみるうちに変わっていくのが、その場にいた誰もが見て取れた。
「分かったわ。もうあの業者とはおつきあいするのはやめましょう。いい、鷺沼部長。」
そう言い残して、女将は帳場を出て行った。
一部始終を見ていた道元は、鷺沼部長に声をかけた。
「鷺沼部長、ちょっといいですか。○TBさんとのやりとりをもう少し詳しく聞かせてもらえますか。」
鷺沼部長は、日頃からの○TBさんとのつきあい方から始まって、今回の件に至るまでを時の流れのあわせて話し始めた。
「そうですか。分かりました。先代の社長の時は定期的に顔を出して、フックをかけていたんですね。女将に変わってから、それが無くなった。以前からうちのサービスや料理のレベルはそれほど高くなかったものを、先代の社長は○TBさんの担当者とのつながりを大切にして、それで何とかお客様を送って頂いていたと言うことでしょうか。」
鷺沼部長は、申し訳なさそうに話した。
「私も頑張ったんですが、やはり私に出来ることは限られますので・・・。」
つづく