第二十一話「早樹の涙」
宴会を終えたお客様は、それでも小腹が空いた者はラーメンをすすりに、飲み足りない者はラウンジへなだれ込み、騒ぎたい者はカラオケルームへと吸い込まれていった。旅館としては、出来るだけここでお金を使ってもらうことが大切であり、各会場のお客様を如何にこのような施設に誘導するかが仲居の腕の見せ所でもあった。
早樹は、この誘導がうまかった。場合によっては、食べきれなかった料理のうち時間がたっても大丈夫そうなものを、別途盛りつけて二次会の会場に運んだりするなど、お客様のことを考えた気配りがとても喜ばれていた。少し飲み足りなそうなお客様を見つけては、宴会では出せなかった地元でも希少な焼酎がラウンジにはあることをそっとささやくなど、お客様の気持ちをさりげなく察知して、提案できるスキルを持ち合わせていた。また、それが全くいやらしく聞こえないほど、純粋な気持ちがまっすぐにお客様に届く自然な態度が取れる仲居だった。
道元は、そんな早樹の自然な接客を見るにつけ、感心していた。この子は、心底接客が好きなんだろう。自分が楽しいからお客様も楽しくなる。そんなサービス業としては当たり前の接遇を当たり前に出来る、だからこそ数少ない仲居だと見ていた。
パントリーで泣いていた夜から数日たった夜、いつものように宴会が終わった後のお客様も銘々部屋に戻り始める時間に、道元は早樹と話す時間が持てた。
「早樹さん、お疲れ様。いつも大変だね。」
「いえ、私仕事が楽しいんです。」
「そうだろうね。」
それから、お互いに黙り込んでしまった。しばらくして、事務所の外の廊下で、二人だろうか、酔客が良く聞き取れない会話をしながら部屋に戻っていく様子が聞こえた。
「今日も早樹さんは、お客様をラウンジにご案内していたね。いつも大したもんだ。」
道元があらためて、早樹の接遇に賞賛の声をかけた。
「道元社長。私、迷っているんです。本当に、私はここでやっていって良いのかと。」
「・・・。」
「このエリアで一番だと言われるこの旅館に入って、接客が楽しくて毎日が充実していました。でも、最近何かが違うんです。うまく言えないんですけど・・・。何か、最近の皆さんは、チームワークが無いというか、お客様のご要望に応えようとしても、調理場やフロントは、そして仲居でもベテランの方は自分の業務を優先しているようで・・・。」
つづく