第二十六話「やり場の無い苛立ち」
道元は、お手上げの仕草をする鷺沼部長に向き合っていた。
「鷺沼部長は、どうされるんですか。このままで良いとは思っていないんでしょう。」
「そりゃそうですよ。女将があっちこっちで、気まぐれな指示を出し続けると、この旅館はばらばらになってしまいます。でも、私が止めようにも、女将は勝手に従業員に指示を出してしまいますので、どうしようもありません。会議で、こうしましょうと決めたことでさえ、次の日には全く違うことになっているぐらいですから。もうお手上げですよ。」
ぶつけようのない怒りが入り交じった口調で、道元にまくし立てた。道元は、微動だにせず冷静な目で鷺沼部長を見つめていた。すると、鷺沼部長は、目の前にいるのが社長であることを思い返したのか、急にしおらしくなった。
「道元さん、申し訳ありません。ついつい、感情的になってしまって。でも、私には、どうすることも出来ないんです。」
「分かりました。それでは、女将に私から話してみましょう。」
道元は、鷺沼部長が置かれている立ち位置を考えると、どうしようも無い気持ちを抱くのも仕方が無いか、と感じていた。女将にこの話をしても、恐らく聞く耳は持たないだろう。口では、何でも言ってくれと言うものの、道元からのアドバイスがこれまで女将の行動に結びついたことは無かったからである。
お客様のお出迎えと夕食の準備で、旅館の夕方は一日で一番忙しい時間を迎えた。お客様をお出迎えするために、女将もロビーに立ち並ぶ仲居の列の後方でスタンバイしていた。
そこに、道元が近づいていった。
「女将。明朝の朝礼で、ちょっと私に時間を頂けますか。」
急に声をかけられた女将は、ちょっとびっくりした様子で、振り向いた。
「えっ、はい。かしこまりました。」
怪訝そうな顔をする女将を置いて、道元は立ち去った。
そこに、団体様が到着された。房総半島の旅館としては珍しく、中国からのお客様の団体であった。女将は、道元の意図を計りかねていたものの、考える余裕も無く、お客様の対応に追われた。
つづく