コンシェルジュノート

2012/07/03 再建屋 道元

第三十一話「早樹の笑顔と仲居頭」

「いいですか、まずはお客さまを空いているお席にお通しします。もちろんフロントカウンターでも良いですが、ロビーやラウンジのテーブルなどどちらでも良いです。お客様は当館にいらっしゃるまでに、車や電車の移動でお疲れになっています。ですので、出来るだけおくつろぎ頂けるように、お客様のお好きな場所にご案内下さい。」
 フロントリーダーは、出来るだけ分かりやすいようにチェックインの方法について、仲居に説明していた。比較的若い仲居達は面倒くさいと言うよりも、新しいことにチャレンジするわくわく感に溢れているようであった。しかし、仲居頭やベテラン勢は冷ややかな目で見ていた。ただ、淡々とフロントスタッフの話を聞いているだけのようであった。
 「最近、仲居頭元気ないと思わない?」
いつものように夕食の終わった後、パントリーで湯飲みやグラスを洗いながら、美子が早樹に話しかけた。
 「え、そうですか。全く気がつかなかったですけど。どこか、具合でも悪いんでしょうか。」
 「いや、そうじゃないと思うわ。だって、前だったら、あのお客様への接し方は何なの。ちゃんと一礼して、お客様の空間に入るようにしなさい。なんて、良く怒っていたじゃない。それが、最近は何も言わないもんね。」
 「さすがに、私たちも仕事に慣れてきて、言うことが無くなってきたんじゃないですか。だって、最近お客様からお褒め頂く事も多くなってきたじゃないですか。今日のお客様だって、本当にこの旅館に来るとホッとするわ。仲居さん達も礼儀がしっかりしていて、しかも笑顔で元気があるって。そう言ってたじゃないですか。やっぱり、私たちは、成長しているんですよ。」
 早樹は、嬉しそうに磨き上げたグラスを高く掲げて、グラスの表面に反射する光を確かめた。
 「まあ、そうかもしれないけどね。何か、気になるんだよね。」
 そんな会話をしてから数日後だった。
 「皆さんに残念なお知らせがあります。家庭の事情により、仲居頭がお辞めになることになりました。」
 朝礼の最後に、女将が切り出した。女将は深い眼差しで、仲居頭を見つめていた。
 仲居頭は、淡々と目の前のスタッフに感謝の言葉を述べた後、深く一礼をしてそそくさと朝礼の会場を後にした。
 つづく