コンシェルジュノート

2012/10/09 再建屋 道元

第三十五話「自然な笑顔」

 道元は、あのホテルに立ち寄っていた。先日、地銀の権堂企業支援部長からの依頼をむげに断ったものの、何となく気になっていたからであった。

 

そのホテルは、地方都市の少し外れにあった。街中からは若干距離があるものの、逆に街の喧騒から外れた異日常的な雰囲気があった。目の前には見通しの良い川が流れ、ホテルのロビーから見る眺めは良かった。川の向こう側遠くには、1,000M前後の低山がうねうねと続いていた。建物自体は古く、恐らく40年~50年は経過しているだろうと思われた。古めかしい調度品や家具が並んでおり、少しかび臭い湿った空気が流れているが、古式麗しい老舗ホテルに比べると若干の気軽さがあった。

ロビーのカフェでは、地元のご婦人方であろうか、食後のコーヒーとおしゃべりを楽しんでいた。ホテルと利用客が馴染み合い、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。カフェのスタッフは若い女性であった。少し垢抜けない感じであるが、一所懸命さが伝わるサービスであった。身だしなみはきちんとしており、清潔感があった。

「お客様、大変お待たせいたしました。当ホテルオリジナルのブレンドコーヒーになります。こちらは、手作りのチョコチップクッキーです。甘みと苦みが絶妙なバランスだと、皆さんに評判なんです。どうぞお召し上がりください。」

スタッフは、自然な笑顔だった。自分で考えたのであろう言葉で、気持ちが伝わる言葉であった。

道元は、コーヒーを一口すすり、チョコチップケーキをつまんだ。

「ほー、確かに美味しい。手作り感もあるし、何より苦みのバランスが良い。ここのパティシェは、良い腕しているのだろうな。」

独特な雰囲気と自然なサービスに、道元は興味を惹かれた。

「どうして、このホテルはそんなに経営的に厳しいんだろう。」

 

ホテルを出た道元は、すぐさま権堂企業支援部長に電話をした。

「権堂部長。先日のお話しですが、もしまだお決まりで無いようでしたら、私がお手伝いさせて頂きたいのですが。・・・、ええそうですか。いやちょっと気が変わりましてね。・・・はい、よろしくお願いいたします。」

電話を切った後、ホテルのエントランスを見上げた。

つづく