コンシェルジュノート

2012/12/11 再建屋 道元

第三十七話「当たり前のサービス」

「道元社長が言っていた“全てはお客様のために”って当たり前だよな。」

 フロントマネージャーの財前はタバコをふかしながら、同じくフロントスタッフの鈴木に言った。
大体、どこのホテルでもそうであるが、ホテルスタッフにはタバコを吸う者が多い。
客商売である以上、お客様のムリな要望にも応えなければならないストレスは、ホテルの現場に立ったものでなければ分からない。
良いサービスを続けるためにも、タバコは必須のアイテムなのであった。最近では分煙が進んでおり、逆にタバコを吸う者が集う場所が限られている分、情報交換の密度が上がっているようであった。

 「確かにそうですよね。大体、道元さんって直ぐに居なくなるんでしょう。
だったら、適当に従っておいて流れにまかせた方が良いんじゃないですかね。
抵抗するのも面倒くさいですし。好きなようにやってもらって、適当に付き合って、そうしてさよならですよね。」

 「おいおい、とりあえずは道元社長と言っておけよ。一応社長なんだからさ。
まあ、鈴木の言うように、適当に付き合っていく方が良いかもな。何やっても、このホテルは変わらないから。」

 「ですよね。」

 鈴木は口に含んだ煙をフーッと吹き出し、おどけながら相づちを打った。

 お客様がチェックインをしていた。しかし、どうやら予約時の顧客情報の入力ミスによりホテルシステムに予約情報が入っていないようであった。

 「お客様。あいにく、こちらではお客様のご予約を承っていないようでございますが。」

 「あんた何言ってんのよ。私は、確かに1週間前にネットを通じて予約したのよ。受けていないなんてあり得ないわよ。」

 「そうでございますか。ただ、予約を承った履歴が無いものですから。本日は、客室が満室でございまして、あいにくお客様にお泊まり頂けるお部屋がございません。」

 「そんなのあんた達の勝手でしょう。私は確かに予約をしたのだから。どうにかしなさいよ。」

 50歳台と思われる瀟洒な身なりをしたご婦人は、たじろぐご主人をそばに置いていきり立っていた。

 「お客様。大変ご迷惑をおかけ致しております。私は、当ホテル社長の櫻井と申します。
お詫びを込めて、最上級のお部屋をご用意致したいと思います。
但し、ご予約されたお部屋よりグレードがかなり上がるものですから、本日は特別にプラス5,000円にてご提供したいと思いますが、いかがでしょうか。通常ではお泊まりになれないスイートでございます。」

 フロントバックから突然に割り込んだ道元は、屈託のない笑顔でご婦人に語りかけた。

 「社長さん?そう、そこまで仰るのであれば良いんじゃない。ねえ、あなた良いわよね。」

 隣にいたご主人に同意を求めた。ご主人は軽く頷いた。

            つづく