第三十八話「フロントマネージャー」
フロントバックで、フロント及び予約ミーティングが行われていた。これは日々開催されているミーティングで、本日予約状況やVIP対応、特別対応そして昨日の反省などを話し合う場である。時間にして15分ほどのミーティングである。時間は短いものの、フロント廻りでお客様と接するスタッフが共通認識を持って対応するためには重要なものであった。
「以上で本日のミーティングを終了します。」
「ちょっと待ってくれ。」
スタッフが取り囲むサークルの端っこにいた道元が声を上げた。そこに居たスタッフが一斉に道元を見た。
「昨日のチェックインで、予約の入力ミスか伝達ミスがあったようだが、その件についてはどうなっているんですか。」
フロントマネージャーの財前とフロントスタッフの鈴木が顔を見合わせた。鈴木は、財前に何か訴えかけるような仕草をした。
「その件ですが、道元社長の取り計らいでお客様にはアップグレードされたルームでのご滞在に満足されてお帰りになりました。社長にもよろしくお伝え下さいとのお礼も頂きました。」
財前は、何らためらうことなく今朝あった出来事を淡々と伝えた。
「それで。」
道元は低く押し殺した声で続きを促した。
「このクレームの原因ですが、予約担当者に確認したところ、やはりお客様の予約は入っていなかったとのことです。年配のお客様に多いのですが、最終の予約のボタンをクリックしたつもりが、そうされなかった可能性があります。」
「それで。」
道元は更に促した。財前は、鈴木を見て首をかしげた。
「この件はお客様の勘違いと言うことですので、これ以上の対応は無理かと。お客様の情報が無い以上、我々からお客様に確認するすべも無いわけですし。」
「君は、あのお客様に対して精一杯のおもてなしをしたのかね。最初からお客様のミスだからって放っておいたのでは無いかね。」
財前の顔がみるみる赤くなっていった。
「昨日のチェックインの時、私はフロントバックで君を見ていた。フロントスタッフが困っている状況で、フロントマネージャーである君は、何も動こうとしなかった。」
そうして、道元はぐるっとスタッフを見渡した。それから視線を財前に向けた。
「どうして、もっとお客様に優しくなれないんだ。どうして、もっとお客様に寄り添おうとしないんだ。君は、あの時もっと出来ることがあったのでは無いのか。」
財前は唇をかみ、下を向いたままだった。
つづく