第五十一話 「ファンドからの脱却」
「道元社長。この利益率では弊社が希望するリターンを得ることが難しいんですよね。」
民間ファンドの板橋部長が部下の甲斐を伴ってホテルに来ていた。甲斐は、少し角の立
った銀縁のめがねを軽くあげながら、努めて冷静に話していた。明らかに道元より年下で
あるにもかかわらず、尊敬の念が全く感じられない冷たい目をしていた。
「それでは、どれぐらい利益を上げればよろしいのでしょうか。」
「それは、道元社長はプロなんだから、ご自身でよく分かっているでしょう。」
甲斐が何かを言おうとした時に板橋がヨコから口を挟んできた。いかにもお前では力不
足だから自分が話しているんだと言わんばかりの話しぶりであった。
道元はこのやりとりが時間の無駄で、全く意味の無いことを分かっていた。これは単な
る嫌がらせ以上の何物でも無いことを理解していた。柔和な表情を崩さず、それ以上答え
ることはしなかった。
彼らがホテルを立ち去ったのは、それから小一時間も経った後であった。道元は、何と
も言えないやりきれなさに少し疲れていた。少し気分を変えようと窓の近くの椅子に座り
直して、ロビーから目の前を流れる清涼な川面を眺めた。
そのとき道元の携帯が鳴った。
「道元社長。権堂です。先日話した件だが、ネットエージェンシーがホテルの株を買いた
いとファンドに打診したところ、案外乗り気のようだ。恐らく、彼らが想定していたリタ
ーンを超えた金額だったらしい。何とも現金な奴らだ。……そうか、先ほどまでそちらに
来ていたのか。表ではホテルに強気な態度を示して、裏では高値で売り抜けようとしてい
るんだな。まあ、そんな奴らだよ。まあいい、ネットエージェンシーには少々負担が大き
いが、彼らにとってもプラスになるはずだ。今のホテルの利益水準であれば、すぐに元が
取れるはずだからな。じゃあ、とりあえずそう言うことで。」
メインバンクの企業支援部長の権堂は、慌ただしく電話を切った。
道元の脳裏に、前オーナーの息子である営業スタッフの佐郷和典の顔が浮かび上がった。
彼はファンドにいいようにその気にさせられて、一言の相談もなく使い捨てされたのだ。
このホテルの経営者になるという夢は、この時点でもろくも崩れ去ったのだった。
..つづく
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