第五十四話「震災の爪痕」
あっという間に夏の様相となったぎらぎらと照り返す山々の間を、どこか都会のバス会社のお下がりのような路線バスが走っていた。車内は空調も余り効かないようであった。
道元は額に流れる汗をハンカチで拭き取った。あまりり豊富でない頭髪から、汗がにじみ出ているようであった。
最寄りの駅から20分も経った頃であろうか、行き先のバス停が見えた。
「さて、これからもう少し歩くんだな。」
バス停の隣にあった簡単な地図を見ると、ゆるりと曲がった道の先には「会津のお宿 花やしき」という旅館が印されていた。良く舗装された道の端には遊歩道が整備されている。こんな山奥に似つかわしくない立派な道であった。
道元は顔に照りつける熱風を受け止めながら、先日のもも銀行での打ち合わせを思い返していた。
「どうしてもこの案件は道元さん、あなたにやってもらいたいんですよ。」
もも銀行企業サポート部部長の岡島孝平は、応接室に大きく陣取っているケヤキのテーブルの向こうから身を乗り出して道元に迫っていた。
もも銀行がメインバンクである「会津のお宿 花やしき」は東日本大震災から3年が過ぎても風評被害が消え去らず、来館者数の戻りが著しく悪い状態が続いていた。
会津の旅館はまだまだそういった旅館が多かった。この地方では最大の旅館である「会津のお宿 花やしき」も例外ではなかった。近隣のエリアで放射線量が高くなったことや、栽培している野菜や米から少しでも放射線が検出されたというニュースが出ては、キャンセルが出るということを繰り返していた。人体には全く影響の無いレベルであるにも関わらず、旅行者の動向はこのような些細なニュースにまだまだ大きく左右されているのだった。
「しかし、花やしきはそれだけの原因ではないと考えています。」
岡島部長は隣に座っていた立川課長を見やって、資料を見せるよう目で合図した。道元はぱらぱらと資料に目を通した。
「このエリアの入り込み数は徐々にですが戻ってきているのに、この旅館の売上げはあまりり戻っていない。」
「そう。やはり外的な要因だけではなく、内部的な問題があるんじゃないかと疑っているんです。そこで、道元さんに乗り込んでほしいわけだ。中から旅館を建て直してほしいんです。」
道元はそこまで思い出して、この熱風といい、珍しく少々気が滅入ってきた。
「また、これから始まるんだな。」
照り返す山々を見上げて一人呟いた。
…つづく