コンシェルジュノート

2014/10/15 再建屋 道元

第五十七話 「麻薬の原子力賠償金」

「立川さん。それは仕方が無いでしょう。我々だってこれまで厳しい環境の中、血のにじむような思いをしながら旅館経営をしてきたんだ。そんな中、東日本大震災が起き、追い打ちをかけるように原発事故まで発生したんだ。このような環境で、従業員にはずっと苦労ばかりかけてきた。その苦労に少しでも報いたいと思う、経営者の気持ちが分からないのかね。」

 朝倉社長は、珍しく顔を少し紅潮させながら、もも銀行企業サポート部の立川課長に詰め寄っていた。

 東日本エリアに立地するホテル旅館に対して、東京電力は原子力災害賠償金として、売上の前年比減少分に見合う利益の減少分相当額を補填していた。つまり、売上の減少は原発事故の風評被害によるものだという立場から、ホテル旅館ではどうしようもない要因により売上が減少し、ついては利益が減少したので、東京電力の補填してもらうという理屈である。

 当社では、原子力災害賠償金の一部を活用して、従業員に賞与を支払おうとしていた。ある意味、銀行管理下にある当社において、多額の投資を行う際には、事前に銀行の了解が必要であった。そのため、担当部署の課長である立川に賞与拠出の必要性を訴えていたのであった。

 もも銀行としては、資金が増えたのであれば少しでも内入れをしてもらい、借入を減らしてもらいたいと考えていた。

 確かに旅館は労働集約型産業であり、人が最大の資本である事は論を俟たない。
 しかし、現在の厳しい状況に陥っているのは、何も全てが東日本大震災の影響ではないはずだ。そして、従業員のモチベーションを上げるために、たまたま入ってきた賠償金を活用するなど安易ではないか。立川は腹の底でそう考えていた。

 しかし、と立川は思い返した。会津地方の取引先である他の旅館もこの原子力災害賠償金を利用して、役員報酬を増やしたり、社用車を購入したり、ひどいところは従業員を巻き込んで研修旅行と称して慰安旅行に出かけている会社もあった。まだ、まともな会社は、これまでキャッシュフローが不足しており、なかなか出来なかった修繕をまとめてやっているところもあった。
 立川は銀行員として、客観的にこのような経営者の対応を見るにつけ、経営者の資質を感じざるを得なかった。

 いずれにしても、この賠償金はホテル旅館の資金繰りに大きくプラスに影響を与えているのは間違いなかった。そして、東日本大震災に起因する原発の風評被害の影響を受けているホテル旅館にとって、この賠償金はなくてはならないものになってしまっているのも事実であった。その使い道はどうであれ・・・。

 立川課長は暗澹たる思いを抱えながら支店へと車を走らせた。
「本当にこのままで良いのだろうか。果たして社長の従業員に対する想いは本当なのだろうか。」

…つづく