第五十八話 「継続するキャッシュフローの低下」
道元の目の前には、主として管理部門を統括している月野常務と、現場を統括している上田常務総支配人が座っていた。
「震災前から売上は低下傾向。しかし原価や人件費と経費が減少していない。結果的に営業キャッシュフローは低下してきていますね。この主な要因は何でしょうか。」
背が高く恰幅の良い月野はソファーに深く腰掛けて、苦虫を噛みつぶしたような顔で道元を見つめていた。月野は、言わば当社の番頭であった。社外での活動が多い社長に代わって経営に関する全てを把握し、管理してきた。月野は、メインバンクであるもも銀行からの再三の質問と同じ質問を道元がしていることに、面倒くささを感じていた。
「リーマンショックの時に売上が一度落ち込んで、その翌年には若干回復していますが、その後はまた落ち込んでいる。やっぱり、当地までいらっしゃるお客様の動機が減退したんでしょうか。」
道元は、ソファーに深く腰掛けたまま微動だにしない月野の表情に気づいているのか、気づいていないのか、何の回答も示さない月野を前に質問を続けていた。
「そうです。道元さんもお分かりの通り、旅館業は観光産業だ。景気の悪い時にわざわざ、会津の山奥まで来る客が減るのは当たり前だと思います。どうしても財布の紐は固くなる。それにあらがうことはできないのではないでしょうか。」
月野は憮然とした表情で、道元から目をそらさずに応えた。
「それと経費の件ですが、特に人件費は、むやみに削減してしまうと、従業員の士気に差し障りが出てしまう。当館は会津随一の宿としてやってきた。その宿がクビ切りなんかしたら、どうなります。都会の人はすぐにそうやって、リストラだ何だって言いますが、従業員は物じゃないんです。宿の大切な資産なんです。それを道元さんにもご理解頂かないといけないですな。」
吐き捨てるように言い終わると、口元を緩めてにやりとした。
「やはり、当館ほどの規模ですと、それなりに人と経費がかかります。これまでのサービスレベルを維持しようと思うと、どうしても最低限必要な経費ってあります。残業を減らしたり、使用していない部屋の電気はこまめに切るなど、それこそ小さいことをコツコツとやっております。私から見ても、本当に従業員は良くやってくれていると思います。」
日ごろ現場を見ている上田総支配人も月野の言葉に促されるように、蕩々としゃべり始めた。
道元は、ただ二人の話に耳を傾けていた。いつものようにかすかな笑顔を絶やさずに、精一杯反論する二人を見つめていた。しかし、頭の中では二人の話した内容を整理しながら、冷静に分析していた。
…つづく