コンシェルジュノート

2015/02/12 再建屋 道元

第六十一話 『虎の威を借る狐』

「なんでお前はいつもそうなんだ。取れるはずの予約を失ってしまったじゃないか。」

 フロントバックの営業部隊のデスクで、森重部長は部下の営業担当者をこれ見よがしに怒鳴っていた。他のスタッフは、また始まった、というような顔をして見て見ぬふりをしていた。何か恐怖でおびえているというよりも、あきれているといった雰囲気であった。

 フロントバックにいる営業担当者やフロントスタッフ、経理スタッフは、みんな知っていた。森重部長は、朝倉社長と月野常務の威を借る狐のようなものだということを。部長という権限をまき散らして部下を怒鳴り散らし、部下の失敗は部下のせい、部下の成功は自分のおかげ、という分かりやすい性格だったからだ。そして、朝倉社長と月野常務の前ではおとなしい。

「もう止めないか。そんなに部下を叱って何になるというのですか。」

 フロントバックに入ってきた道元は静かに咎めた。
 森重部長以外のスタッフの顔が引きつった。翻って森重部長はきょとんとした顔をした。
 何が起こったのか理解していない様であった。それから数秒経っただろうか。

「道元副社長、これは部下への指導なんです。私なりのやり方なんですが。」

 それまで怒鳴り散らしていた勢いを抑え、一言一言、言葉を選んで話した。少し道元の顔を見た後、目をそらして椅子ごとくるりと向きを変えた。

「森重部長。ちゃんとこっちを見なさい。部下をどのように育てたいのか、私に教えてもらえますか。」

 森重部長はゆっくりと椅子を回して、道元に向き合った。

「ちゃんと数字を取ってくることですよ。そのために必要なことは、エージェントとの密なコミュニケーションと提案力でしょう。この二つを私は大切にしているのですが。」

「なるほど。コミュニケーションですか。それでは、森重部長と部下との間のコミュニケーションはどうですか。日々のコミュニケーションが取れていないと、とても良い仕事はできないでしょう。」

「かしこまりました。以後気をつけます。」

 そう言い放って、森重部長はフロントバックを出て行った。

「皆さん、お騒がせしました。さあ仕事に戻って下さい。」

 道元は他のスタッフにそう言って、何事もなかったように定期館内巡回に出て行った。