第六十二話 『森重部長の反撃』
森重営業部長は、部下への叱責に対して道元に咎められたことを思い出していた。普通の人はもちろんだが、50歳を過ぎてスタッフの面前で怒られることはなかなかない。ましてや自分の勤めている旅館の中で、上司とは言え新参者に怒られるなど、森重部長にとってはあってはならないことであった。
「どうした、森重部長。」
いつものように月野常務に営業の状況について報告した後、森重部長は思い詰めた顔をして目を落とした。そうして、ゆっくりと顔を上げて、まるで何かにすがるような素振りを見せながら、先日の道元とのいざこざについて話し始めた。
「私は、自分の部下のことを思って、あいつの性格もふまえて指導をしていたんです。それを何も分かっていない道元副社長がいきなりしゃしゃり出てきて、怒鳴りつけたんですよ。あまりにもびっくりしてしまって・・・。しばらく何がおきたのか、自分でも理解できないくらいでした。私の指導の仕方が、道元副社長のお気に召さなかったようでして。しかし、それならそうとちゃんと言ってくれれば、私だって馬鹿じゃありませんから分かります。それを、いかにもこれ見よがしに、他のスタッフのいる面前で怒鳴るもんですから。私は積極的にコミュニケーションを取ろうとしたのですが、どうやら道元副社長にはそれは通じないようでして。これは、はっきり言ってパワハラですよ。」
月野常務は時々頷きながら、小難しい顔をしたまま森重部長の一言一言を聞いていた。
「それは、ひどいな。いくら何でも部長に対する態度ではないな。」
「そうですよ。月野常務。本当にひどいと思います。あの人は、何も分かっていないし、我々とコミュニケーションを取るつもりもなく、一方的に私のことを非難するんです。きっと嫌いなんじゃないでしょうか。私のことを。」
「馬鹿言ってんじゃない。仕事は好き嫌いでするもんじゃないだろう。」
腰掛けていたソファーから背中を離して、姿勢を正し直してから足を組み替えた。
「で、どうするんだ。森重部長。」
「これ以上道元副社長に現場を振り回されては仕事に差し支えます。そろそろ、お引き取り願う方向で動かないと、この名誉ある旅館の将来がありません。せっかく、月野常務が築き上げてきた素晴らしい会津の宿花やしきが落ちぶれてしまいます。」
月野常務を持ち上げながら、月野常務が先頭に立って道元を追い出そうとしてくれる事を願った。一方、月野常務も森重部長の思惑は十分に分かっていた。要するに二人で、道元を追い出す雰囲気の醸成をしていただけであった。そうして、その機は熟したようであった。
「社長のご意向もあるからな。一応社長には断っておこう。でもパワハラはまずいよな。」
そう言い残して、月野常務は去って行った。森重部長は薄ら笑いをして、その背中を見届けていた。
「ざまぁみろ。道元の奴。」