第70話 『お客様の喧噪と淡泊な再建の始まり』
「おい、千島支配人はいるかね。」
伊藤社長はおもむろにフロントスタッフに声をかけた。フロント前ロビーにはチ
ェックインを控えたお客様が数多くいらっしゃった。その対応に大わらわのフロ
ントスタッフは、伊藤社長に軽く会釈をして、目の前のお客様をしばらく待たせ
て、フロントバックへと消えていった。
フロント脇のドアから怪訝そうな顔をした千島晴彦、(株)セントラルホテルチェ
ーンの最大旗艦店舗であるA店の支配人が出てきた。
「伊藤社長、お呼びでしょうか。」
「ああ、千島支配人。今回、我が社の建て直しに協力してもらう道元さんだ。こ
れから何かと教えてもらうことになる。高い金額で雇っているんだから、千島支
配人は良く道元さんの話を聞いて、ノウハウを吸収してくれたまえ。」
急な話であっただろう。事前の根回しなど一切お構いなしのようだ。千島支配人
は、更に怪訝な顔をしながら道元を見た。怪訝そうな顔をしているものの、その
理解は早そうであった。一瞬にして伊藤社長の意図と現在目の前に居る道元の役
割について頭の中で整理がついたようであった。
「かしこまりました。道元さん、これからよろしくお願いいたします。」
「よし、それでは千島支配人、頼むよ。道元さん、何とか我が社を建て直してく
れ。」
「お願い致します。それでは、私はこれから別用があるので失礼します。」
そう言い残すと、伊藤社長はロビーでたむろっているインバンウンドのお客様の
喧噪など全く気にしない様子で、足早にホテルの外へと消えていった。
「道元さん。今ちょうど団体やコマ客のチェックイン時間とかち合っておりまし
て、少々お待ち頂けますか。」
忙しそうにフロントカウンター内を行き来するスタッフを横目に見ながら、焦る
風でもなく淡々と話した。
「いや、今日は忙しそうだから、ここで失礼します。明日チェックアウトが落ち
着いたころ見計らって来ます。それからいろいろと話を聞かせて下さい。」
道元のいち早くこの雰囲気から逃げ出したい想いが、すっと口から出てきた。
「かしこまりました。それでは、明日10:00頃にお待ちしております。それでは
失礼します。」
千島支配人は、挨拶や身だしなみはホテルマンとして十分なものを身につけてい
るようであるが、どうもあっさりしすぎていた。道元は、ちょっと違和感を感じ
ながらも、これ以上この喧噪の中で深く考えることもできず、ホテルを後にした。