コンシェルジュノート

2016/03/08 再建屋 道元

第72話 『レートコントロール』

千島支配人は向こう30日間の予約状況一覧表を眺めていた。来月の中旬に開催さ
れるアイドルのコンサートの期間中は、狙い通りラックレートの50%増の販売価
格でも客室稼働率は100%であった。ラックレートの50%増は通常何もない平日
価格の2倍超にもなる価格である。業界の慣習としてはラックレートを超えての
販売はしないものであった。要するにラックレートは表に出す価格であるものの、
実際にはその半額程度で売られることが多い。しかし、このセントラルホテルチ
ェーン店では業界の慣習にとらわれないレートコントロールを行っていた。

「河南マネージャー。アイドルのコンサート期間以外のオンハンド状況は優れな
いようだが、どうなっている。」

フロントマネージャーである河南萌花は、ルームアサイン中の手を止めて予約状
況一覧表を見た。

「コンサート期間の前後はイベントや学会の端境期で宿泊者の動きが弱いです。
現在はラックレートの70%ぐらいで販売していますが、いまひとつ需要の動きが
ないですね。現時点で稼働率が約50%です。」

少し前屈みで予約状況一覧表を眺めていたため後ろに縛っていた髪の一部が顔に
かかっていた。それを手で後ろにかき分けながら、眉をひそめて険しい顔をして
いた。少し困ったときに河南がする癖であった。

「思い切って50%まで下げてもらえるかな。そしてネットエージェントのポイン
トも2倍にしてくれ。それで様子を見てみよう。客室を空かしていてもしょうが
ないからな。」

「でも、支配人。その前後のコンサート期間中との価格差が3倍にもなってしま
います。いくら何でもお客様は不信感をもたれてしまうのではないでしょうか。
短期間でそんなに価格を上げ下げして、いわばお客様の足下を見るようなやり方
は長い目で見ると得策ではないと思いますが。」

「長い目か。確かにそうかもしれないが、我々に求められるのは月間のRev.PAR
の数値結果だ。そして、利益だ。きれい事は良いが、我々に課せられた使命もあ
ることを理解しておいてほしいね。」

ぴっちりと後ろに束ねられた髪を更に後ろにすくような仕草をして、何か言いた
そうに口を開きかけようとした。

「かしこまりました。それではすぐにレベニューマネージャーに指示しておきま
す。」

「ああ、そうしてくれ。」

千島支配人は、そう言い残してそそくさとパソコンの画面に向き合っていた。