第75話 『ADRが低い要因とは』
定例の支配人会議が終わったあと、D店の塩崎支配人は道元に話しかけていた。
塩崎支配人は、大学生1年生から当ホテルでアルバイトをしてきたスタッフであ
った。現在は支配人になっており、当社ではすでに15年ほど在籍している若手な
がらベテランであった。どうして、アルバイトから正社員になって、現在支配人
になっているのか自分でもよく分かっていない。しかしながら、いずれにしても
ビジネスホテルでの仕事が面白かったのは事実であった。特に、フロントでいろ
いろなお客様に接することや様々なトラブルに対応してお客様から感謝されるこ
とに一番の喜びを感じていた。
「道元副社長。会議の終わりに仰っていたADRの件ですが、私は競争が激しくな
っているだけでは無いと感じています。」
「ほー。先ほど伊藤社長はそう仰っていたし水戸支配人の報告にもあったように
競合先の価格攻勢が激しくなっている事が一番の要因では無いのですか。」
「ええ。私はそう感じています。私の意見ですが、当社のどの店舗もそうなので
すが、一言で言うと客筋が悪いということではないでしょうか。そのため、ちょ
っと雰囲気は悪いけど安ければ良い、そのようなお客様が日に日に増えているよ
うに感じます。それは、どうしてかは分からないのですが、そんな感じがするん
です。」
塩崎支配人は、斜め上に目をやって何かを思い出しているようであった。
「例えばですね、この前もあったのですが、いわゆるこれもんが良く来るんです
よ。」
と言って塩崎はほおのあたりに傷を作る手振りをした。
「別に何か騒ぐと言うことはないので、我々としても手の打ちようがなく、傍観
しているだけなのですが・・・。」
「なるほど。やはり、そうですか。」
道元に何か決定的な考えが固まったようであった。
「この前もA店では覚醒剤を使用した形跡が客室に残っていたことがあってね。
そのときのスタッフの対応に疑問を感じていたんです。たとえ、すぐに我々が何
か出来ることはないかもしれない。しかしすぐに警察に連絡を取り次善策を打つ
とか、我々で何か出来ることはないか店舗で議論するとか、スタッフ間で決まり
事を作るとか、そのような働きかけが当社にはないんですよ。諦念のムードが漂
っているような。いわゆるそう言う人たちは、そのような空気や匂いを感じるも
のです。ここなら大丈夫だってね。」
塩崎支配人は、それを聞いて何かふっと腹に落ちたような顔になった。
「やっぱり、そうですよね。私もおかしいと感じていたんです。そんなに簡単に
諦めて良いものかと。しかし、全店舗そのような感じでしたし、社長もその点に
ついては何らコメントがなかったものですから。コメントがなかったというか、
客層や客筋については興味が無いというか。」