コンシェルジュノート

2016/07/12 再建屋 道元

第77話 『評価しきれないもの』

旗艦店であるA店支配人の千島は、人事考課の結果を改めて見直していた。目の
前にある評価は、いわば数字から導き出されたものであるため、自身でも納得の
いくものであった。いや、納得せざるを得ないといった方が正しいかもしれない。
千島自身も少々の顧客満足度を犠牲にしながらも少しでもRev.PARが上がるよう
にデマンドの強い日には思い切りレートを上げていた結果が高い評価につながっ
ていた。部下である河南マネージャーも日常は千島支配人とぶつかることも多い
が、店舗自体の業績がよいため自然と評価は高くなる。これを見て、自分が言い
聞かせていることが正しいことに改めて気づくことだろう。そんなことも思い浮
かべながら、人事考課シートをぼんやりと見つめていた。

今日は遅番の社員が急に体調が悪くなってしまったため、ナイトマネージャーに
引き継ぐ22:00までフロント業務に携わっていた。引き継いだ後の夜の静けさが
やっと体感できる時間であった。

突然、携帯が鳴った。ディスプレイに表示された名前を見ると、D店の塩崎支配
人であった。

「千島さん。今日遅番と聞いて電話してみました。もう仕事は終わりました?」

「ええ、今終わったところです。」

「ちょうどよかった。久しぶりに一杯行きませんか。これからそちらに向かいま
すので。」

塩崎支配人がA店に現れたのは、それから15分ほどたった頃であった。D店の場所
を考えるとすでにこの近くまで来ていたのだろう。

夜の街は喧噪かまびすしく、雑多な空気がぐるぐる渦巻いていた。二人は行きつ
けの裏路地にある一見さんは行かないだろう小料理屋に入った。だいたい二人が
飲むときにはこの店が多かった。

ビールで喉を潤して世間話を一通りしたあと、千島支配人が好きな銘柄である新
潟県の大洋盛の冷酒を頼んだ。この小料理屋の女将は新潟出身であり、あまり東
京では出回らない新潟のお酒が飲める店としてこの近辺で勤務している会社員か
らはよく知られていた。

「今回の人事考課は、確かに数字がすべての根拠だから結果について納得はいく
んだけれど、でも何か腑に落ちないんですよ。」

塩崎支配人は、訴えかけるわけでもなく千島支配人に向かって思いつくがままに
話している風であった。

「どういうことなの。」

「前に道元副社長と話をして、客筋の悪さがADRの低さにつながっているんじゃ
ないかってことに気づいたんですね。それから、毎日近くの交番とも連携を深め
て、何かおかしいことやおかしい人がいれば、すぐに警察に来てもらって対応し
てもらうことを繰り返しているんです。」

割と辛口の大洋盛が注がれた冷酒グラスをぐっと飲み干した。

「おかげさまで、最近筋の悪いお客様が減ってきたように思うんです。」