第79話 『表面に現れない気持ちや感情』
千島支配人は、昨日の道元の言葉を繰り返し反芻していた。
「もっと、表面に現れないお客様の奥底にある気持ちや感情を見るようにしてみ
たらどうだろう。君なら分かるはずだ。」
そして、リピート率か。
客室稼働率も上がり、アンケートの評価点も下がっていない。これは、お客様か
ら十分に支持されている証拠ではないのか。ただ唯一、リピート率だけはじりじ
りと下げていた。一年前に23.4%あったリピート率が直近月では22.1%まで下が
っていた。昨年比で▲1.3%であり、当然月によってばらつきもあるため、さほ
ど大きなインパクトはないようにも見える。現実的に客室稼働率やADRには何ら
影響を与えていない。
やっぱり、今の状況はむしろ良いのではないか。いや、やはりリピート率が下が
っているのは事実だから、お客様からの評価は表面上よりも悪くなっている?
「千島支配人。支配人。聞いてますか。」
フロントの河南マネージャーの声にハッと我に返った。
「また、フロントスタッフが一名辞めることになりそうです。」
「どうして。」
「はっきりとした理由は言わないのですが・・・。ただ、私の推測ですが、この
ホテルで働くことの意義が薄れてしまったのかもしれません。あの子は、勤めて
3年経つ中堅アルバイトですが、もともと接客が好きでうちの会社に入ってきま
した。当初は生き生きと働いていたのですが、日を追うごとに、何というか、つ
まらなそうな顔をする場面が増えてきたようです。」
そりゃそうだろう、昨日のフロントでのスタッフの仕事ぶりを見ていた千島はそ
う思った。そして、お客様の方を見ようとしても、業務をこなすことに重点を置
かざるを得ない苦渋の表情を浮かべた河南マネージャーの姿が強い印象を持って
千島の頭をよぎった。
そうか、道元副社長が言っていた”表面に現れないお客様の奥底にある気持ちや
感情”は、お客様だけではなく、スタッフもそうなんだ。表面に現れないスタッ
フの奥底にある気持ちや感情にどうして、俺は気配りが足りなかったのだろう。
どうして、ホテルで働くことがつまらなくなったことに気がつかなかったのだろ
う。どうして、河南マネージャーは意見するものの頑張って俺についてきてくれ
ているのか、その見えない葛藤と努力に気がつかなかったのだろう。
スタッフの奥底にある気持ちや感情に気配りできずに、どうしてお客様に本当の
おもてなしが出来ようか、本当にこのホテルを利用したいと思ってもらえるだろ
うか。