第85話『夜道』
「かしこまりました。私としては何ら異存ありません。むしろ、支配人やスタッフのことを考えると、ホテル経営が分かっている方にリーダーシップを取ってもらった方が良いでしょうね。」
館課長は、自身のストーリー通りに物事が進む際の喜びをかみしめるような表情をふっと見せた。それは一瞬のことであったが・・・。
「今、(株)セントラルホテルチェーンに興味を持っているのが、佐橋社長が隣県でビジネスホテルを経営する企業です。しかし、当社の財務状況は非常に良くない。現在の有利子負債が年商の3倍まで膨らんでいる。この状況を一変させようと安価に(株)セントラルホテルチェーンを買収しようと企てているわけです。今は、伊藤社長があまり乗り気でないことが功を奏していまして、売買の話が進んでいない。恐らく、伊藤社長にとっては高く売れれば良いというスタンスだと思います。ですので、現在佐橋社長が提示している1,100百万円以上で買ってくれる会社があれば、すぐにでもこの話は進むでしょう。私どもとしても出来るだけ高く買って頂ける会社を探してもらえると助かりますしね。」
一息をついた館課長は、更に立て続けに話し始めた。
「道元さん。そのようなスポンサーを探して頂けませんか。道元さんのネットワークならば、このようなスポンサーがいると思うのですが。」
道元は、館課長の率直な物言いに好感すら持つようになっていた。銀行員はどうしてもリスクを嫌う。そのため、後でどこからも揚げ足を取られないように注意深く話す習性が身に染みついている人が多い。特に優越的地位の乱用と言われないように物腰は低く、さりげなく言うべきことは言う姿勢が重要なのである。
「分かりました。少しお時間を頂けますか。探してみましょう。」
チェリー銀行からの帰り道、車を運転しながら考え事をしていた。
「果たして、本当に(株)セントラルホテルチェーンを売却することが支配人やスタッフにとって良いことなのだろうか。」
冷静沈着な千島支配人やバイトからのたたき上げの熱い男である塩崎支配人、お客様のためには必死になって尽くそうとする河南マネージャー等スタッフの顔が代わる代わる浮かんでは消えた。これまでの改革に戸惑いながらも、積極的に取り組んできた仲間たちだった。
「この仲間たちにとって一番良いことは何だろうか。」
とめどもなく考えが巡っては消えた。すでに、外は真っ暗の夜道であった。