コンシェルジュノート

2010/12/17 それでもホテルは生き続ける

第一話「桜の季節」

 桜が咲き始めてから急に寒くなる日が続く。開花宣言から既に10日が経とうとしているのに、目の前の桜は二分咲きのままだ。例年であれば、雨が降ったり風の強い日が続いて2週間と持たないことが多いが、今年はもう少し楽しめそうだ。

「高槻部長。今年の歓送迎会はさっぱりダメですね。やはり、景気が悪いからでしょうか。昨年予約を入れてくれた大東興業さんに電話をしたら、今年は縮小して近くの居酒屋でやることになったんですって。」営業課長の小関はあきれ顔で話した。

「大東興業さんも厳しいみたいだからな。しょうがないだろう。お客様自身がホテルで宴会をしている場合じゃないって言うんだから、押し売りも出来ないしな。こんな時はじっと我慢だ。今までもこんな事はあったけど、いつかは元に戻るからな。」

「そうでしょうか。私が勤めてからは良かった年がなかったような気がするんですが・・・。まあでも仕方ありませんね。」 

小関は、何か腑に落ちないような顔をしたものの、先ほど受注した宴会の請書の記入を始めた。

 W国際グランドホテルは、地方の中核都市にある創業25年のシティホテルである。総客室数256室、大小合わせて6つのバンケットルーム、チャペルが1つ、和洋中のレストラン、コーヒーショップ、バー、大浴場などがありこのエリアでは中核的なホテルの一つである。

当時のバブル景気の流れに乗ってつくられた豪勢なホテルであった。この都市には同じようなシティホテルが13軒、ビジネスホテルが25軒、大手チェーンを中心とした宿泊特化型のホテルが18軒、その他小規模の宿泊施設が乱立するホテル激戦区の一つであった。

サブプライムローン問題に端を発する金融危機、そしてリーマンショックによる急激な信用不安から実経済へ及ぼした悪影響はあまりにも大きかった。

外国人のビジネスマンが都市から消え、ビジネスマンの出張需要は急激に冷え込み、消費意欲の減退から一般消費者の旅行需要も大きく減退、それまで順調に伸びてきていたインバウンドも円高も相まって100万人以上も落ち込んだ。

そんな中で、当然のように安売り合戦が始まり、大手資本のシティホテルもなりふり構わず販売単価を落としてビジネスホテルの領域まで入ってきた。たまらず、ビジネスホテルも単価を落とし宿泊特化型と勝負を始め、投資額が小さく効率的なオペレーションを実現している宿泊特化型ホテルは更に価格を落としていた。

お客様は下へ下へと流れていき、まるで滝壺に落ちていくかのようにお客を吸い込んでいった。それを見てシティホテルも更に価格を落とすという悪循環に陥っていた。

また、宿泊需要が減退する以上に、宴会需要も大きく落ち込んでいた。特に法人や団体の一般宴会はほとんど動きが無くなっていた。たとえあっても、客単価が大きく落ち込んだものばかりであった。地域密着でやってきた地元資本のホテルとて例外ではなかった。今まで、快くつきあってくれていた企業の担当者も顔が曇ってきて、宴会をする雰囲気ではないと会ってもくれないことも多かった。

目の前には市街メインストリートの桜並木が立ち並び、一年で一番良い季節を迎えていた。

W国際グランドホテルの社長である坂本雄司は、そんな桜を眺めながらため息をついていた。

「このままでは、まずいな。」

同じ台詞を繰り返してはため息をつく毎日であった。そして、頭には資金繰りのことだけがこびりついていた。今月の返済をどう捻出するか、そのためにどこへの支払を遅らせるか、そんなことばかり考えていた。

つづく