第三話「恐怖感」
「柳原部長。W国際グランドホテルから追加融資の依頼がありました。」
少し浮かない顔をして担当の市川係長が顧客情報を携えて報告に来た。市川係長はあおいろ銀行融資部の係長であり、先ほどW国際グランドホテルを担当するエリアの支店長から追加融資依頼の報告があったのである。
柳原部長は顧客情報を見ながら、
「あそこはもう既に実質債務超過で、ハケだったよな。(※ハケ=破綻懸念先。債務者ランクが低く新規貸し出しは難しい)」
、と呟き椅子に深く腰掛けた。
「ええ、そうなのですが、W国際グランドホテルは昔からの長い付き合いがありますし、地域経済への貢献度も高い取引先です。何とかしたいとは考えているのですが。」
「・・・。」
柳原部長は、考え込む仕草をして黙りこくってしまった。
経理部長の板東があおいろ銀行の岩城支店長に会って資金繰りの現状説明と追加融資のお願いをしてから1週間ほど経っていた。支店長からの電話で、社長の坂本は板東経理部長を伴いあおいろ銀行に赴いた。
「岩城支店長、追加融資の件はいかがでしょうか。」
岩城支店長は、まだ半分も吸っていないたばこを灰皿に押しつけながら、坂本を見据えた。
「坂本社長、当行としてはこれ以上無条件での融資には応えられないと言うことになりました。しかし...。」
「しかし?」
坂本は焦点の合わない目で弱々しく声を出して聞き返した。」
「一度、中小企業再生支援協議会へご相談されてはいかがでしょうか。」
「えっ。中小企業再生支援協議会というのは、どのようなところなのでしょうか。」
「分かりやすく申し上げると、地域で頑張っている企業が何らかの理由で窮境に陥り、赤字が続き返済にも困るような状況になった場合、再生を図って経営の再スタートを切ることが出来るように支援してくれる行政の機関です。」
「追加融資を頂けるかどうかの前に、その機関に相談をしろ、と言うことですか。相談したら、追加融資をして頂けるのですか。」
坂本はよく分からない機関名を持ち出されて、自分の会社を八つ切りにされて自分も追い出されてしまうのではと言う恐怖にも似た感覚を覚えていた。そうなると、会社はどうなるのか。倒産と言うことになってしまうのか。
「追加の融資をどうするかと言う前に、根本的に改善するためにはどうすればよいのかと言うことを明らかにしたいと言うことなのです。そのための中立の機関が中小企業再生支援協議会なのです。最初から、御社を清算してしまおうとか、融資を引き上げてしまうとか、どうしようというわけではないんですよ。」
岩城支店長は、銀行マンらしからぬ率直な物言いで諭すように話した。
坂本と経理部長の板東は、車に乗り込み沈黙のままホテルへと戻っていった。
つづく