第十話「盛夏」
最高気温が35度以上の日が続いていた。今年の暑さは異常だった。体温と同じ気温と言うことは、街中では路面での太陽熱の跳ね返りを考えれば体感温度として40度はあるように感じる。7月に入っていつの間にか梅雨が明けたのかと思っていたら急激に暑くなったようだった。
雄司と省吾、美沙樹がいるホテルのコーヒーショップは、ガラス越しに見える汗をぬぐいながら行き交う人々の熱気とは別世界の重く清廉な冷気が横たわっていた。
「実はな、うちのホテルの経営状況が芳しくないんだ。」
そう切り出した雄司は、これまでの経緯や資金繰りの状況等を包み隠さずに話し始めた。省吾と美沙樹はそれまでの快活で屈託のない表情から、わざと気を引き締めるかのような、顧客と向き合うような姿勢で黙って雄司の話を聞いていた。
「別にお前たちに何か手伝ってほしいというわけではないんだが、自分の親の会社がいつの間にかつぶれていたなんてことになっては申し訳ないと思ってだな・・・。母さんとも相談して、まずは早めにお前たちに会社のありのままの状況を話しておこうと言うことになったんだ。」
雄司は飲みかけのアイスコーヒーを飲み干した。
「俺はホテルのことはよく分からないまま、親父から経営を引き継いでしまった。現場のオペレーションは森下総支配人に任せてしまっているし、サービスはお母さんに、経理は板東課長に・・・。いつの間にか経営状況が悪化したのは、すべては俺の責任なんだが、やっぱり会社を何とか残したいと考えているんだ。」
「父さん。俺は小さい頃からW国際グランドホテルのバックヤードでスタッフの皆さんと一緒に過ごしてきたんだ。そこで、みんなの働きぶりやお客様に対する考え方やサービスについて、いろいろと教えてもらった気がするんだ。美沙樹もこれは一緒だと思う。だから、いつの間にかホテルで働くことが当たり前な気がしていた。今こうやってホテルで仕事をしているのは、まさしく運命なんだと思っている。だけど・・・。」
ホテルのロビーで行き交う人々の姿を見やってから、
「だけど・・・、俺に何が出来るか、分からないよ。」
それ以上言葉が続かなかった。
雄司は、ホテルで省吾と美沙樹と別れて東京のエージェントや馴染み客に顔を出してから、帰途についた。自宅に戻ってから、日頃はあまり飲まないウィスキーをロックで渇いた口に流し込んだ。ウィスキーの甘い香りが鼻をつき、胃がドスンと殴られた感じだった。
つづく