コンシェルジュノート

2010/12/17 それでもホテルは生き続ける

第十二話「第一回バンクミーティング」

 坂本社長、坂本伊織取締役、森下総支配人、板東経理課長の4名とW県中小企業再生支援協議会の平山統括責任者と牧副統括責任者がひな壇のテーブルに座っていた。

それに相対する形で、あおいろ銀行榊原融資部長、市川融資部係長、岩城支店長ときいろ銀行、オレンジ銀行、あかいろ銀行の各担当部長や担当者が勢揃いしていた。

「各金融機関の皆様。本日はお忙しい中、また足下の悪い中ご参集頂き、誠にありがとうございます。さて、このたびW国際グランドホテルの経営再建に対して当協議会が支援することを決定しました。その支援事由と今後のスケジュールや段取りについてご説明致したいと考えております。何卒、よろしくお願い致します。」

 これまでの灼熱のような夏日から一転して、冷たい雨が降り続いていた。かすかに吹きすさぶ風が余計に寒さを感じさせていた。

 坂本は、窓の外を見やってから目の前に座っている金融機関の担当者を見渡していた。黙々とノートに記録を取る者、配られた資料をけだるそうにめくりながらうつむいている者、まっすぐに統括責任者の平山を見据えている者。坂本に目を合わせようとする者は、一人としていなかった。そして、部屋の中は平山の声だけが響いていた。

 「それでは、坂本社長から一言頂きたいと思います。坂本社長、よろしくお願い致します。」

 坂本はふっと我に返り、すっくと立ち上がった。

 「金融機関の皆様、本日はお忙しい中、本当にありがとうございます。このたびは、再生支援協議会様のご支援の元再建へと取り組んでいくこととなりました。我々は不退転の気持ちを持って再建を図りたいと決意しております。どうか、皆様のご協力をお願い申し上げます。」

 出席者の誰もが微動だにしなかった。それほどに坂本の言葉は、ある意味空虚であった。

 「えー、それでは式次第に従って進めて参りたいと思います。」

 司会の牧副統括責任者は、堅く緊張した雰囲気にかまわず議題を進行していった。

 「以上でご説明の方は終わりますが、何かご質問のある方はどうぞ。」

 「オレンジ銀行の葉山と申しますが、元本返済を停止するのはいつまでですか。金利はどうなるんでしょうか。」

 「今後の皆様との合意形成の期間がどうなるかに依るのですが、計画では半年間、とりあえず元本返済は猶予願いたい。金利はもちろんお支払い致します。資金繰りについては、お手元の資料をご覧頂ければお分かりのように、元本返済の猶予を頂くことでニューマネーを入れなくても大丈夫だと判断しております。」

 平山は元銀行マンらしからぬ、図太い声で歯切れ良く応えた。坂本はいつも思うのだが、この図太い声はどこから出ているのだろうか、この声の裏付けとなる自信はどこで生まれたものだろうか、不思議だった。

 「あおいろ銀行としては、基本的にW国際グランドホテルさんの経営再建に対してご協力するという立場です。ですので、我々としては今回を契機として抜本的な再建を図って頂きたい。そのためにも、専門家の先生方に十分よく見てもらいながら、再建計画を策定して頂きたいと考えています。」

 榊原部長が、他の金融機関の担当者を見回しながら話した。メインバンクであるあおいろ銀行としては引くに引けないという事情もあっただろうが、支援するという姿勢を他の金融機関に示す必要があったのである。そうしないと他の金融機関としては誰もが早くに手を引きたいという衝動に駆られてしまうからであった。しかしながら、中小企業再生支援協議会が支援に入ると言うことは、自行のみが勝手に債権の回収に入ることは出来ない。ある意味、同じ穴のムジナなのである。

 坂本は、榊原部長の言葉をかみしめるように、少しうつむき加減で軽くお辞儀をしているようであった。

つづく