第十五話「目新しさ」
専門家は、和食料理長である中川へのインタビューを行っていた。
「原価管理はどのようにされていますか。」
「うちのホテルには和洋中それぞれに使用するレシピ–のフォームがあって、それに記入することでプリコスティングを行っています。これがそのレシピ–です。」
中川は、手にしていたレシピ–が収められたファイルを専門家に見せた。ファイルの背表紙には、平成22年秋お献立と書かれていた。
「ほう、この秋にお出しする料理のレシピ–ですか。秋刀魚の刺身、松茸土瓶蒸しと松茸の焼きものは旬の料理。牡蠣真丈、銀杏は走りの料理ですね。季節感がありますね。そして、設定原価率が28%ですね。」
「やっぱり、和食は季節感が大切ですから・・・。しかし、先生ね。私は、このホテルで問題なのは営業だと思いますよ。何たって、営業は外から仕事を持ってきても安いものしか持ってこないし、景気が悪いからと言って予約が減っているにもかかわらず、何の手も打たない。そのくせ、お客様の満足度が下がっているからリピーターが減っているという言いがかりをつけて料理にケチをつけてくる。」
「営業と調理場はうまくいっていないのですか。」
普段は寡黙らしいが、話し始めると止まらない癖があるようだった。専門家は、努めて冷静に問いかけた。
「うーん、あまりうまくいっていないんじゃないかな。うまくいっていれば、もっと売上が上がっていると思いますよ。」
「へー、それはどうしてですか。」
「例えば、季節のプランを作るときも、これまで通りの企画を下敷きに少しだけ料理を変えて提供していることが多いしね。お客様の嗜好も変わっているんだから、もう少し大胆に企画を変えたらどうなんだと、高槻営業部長にもよく言うんだけど。昨年評判が良かったですから、昨年通りで良いんじゃないですか、って言うんだよね。お客様から見れば、何が変わったのか分からないと思いますよ。こんなことが続くから、調理場も苦労して新しいもの作るのがばかばかしくなってきたんですよ。」
中川和食料理長のインタビューが終了後、専門家は料理長の薦めで夕食をご馳走になることにした。一品ずつ運ばれてくる懐石料理を頂きながら、コップに入ったビールを飲み干した。
「確かに、手間をかけて調理されているけど、お献立や盛りつけ、器には目新しさが無いな。オーソドックスな和食懐石だ。料理長自身が言っていたとおりだ。」
一人つぶやきながら、コップにビールを注いだ。
つづく