コンシェルジュノート

2010/12/21 それでもホテルは生き続ける

第十八話「初雪」

「先生に何が分かるというのですか。私はこのW国際グランドホテルの営業を始める前、まだ弊社が別の場所でビジネスホテルを運営していた頃からずっと居るの。35年前に主人と結婚してから、ずっと社長を支えてきたんです。二人の子供を育てながら、今まで一生懸命・・・」

昔を思い出すような目をして、窓の外を見やった。

「これまで、大変な時代も乗り越えてきたんです。そして、いつも従業員は家族の一員として扱ってきたつもりです。」

「取締役のお気持ちは分かりました。社長と二人三脚で大変なご苦労をされたことは、容易に想像できます。」

そう言ってから、専門家はおもむろに事業調査報告書を取り出した。老眼鏡を掛けてぱらぱらとページをめくり、

「こちらにも記載してありますが、従業員向けのアンケート結果です。先日ご説明差し上げたとおり、従業員の率直な意見として、経営者から大切に扱われているとは思えない、経営者が何を考えているのかよく分からない、このような意見が多数を占めています。だからこそ、先が見えず不安であると多くの従業員が感じているんです。」

見た目はもう少し若そうに見えるが、老眼鏡がないと小さな文字は見えないようであった。ちょっと古くさい老眼鏡を外してテーブルの上に置いた。

「社長、取締役。“つもりとはず”だけでは、経営は出来ないんですよ。自分は会社のことを全て理解しているつもり、お客様は昔から知っているので何を望んでいるのか分かっているつもり、従業員は経営者の意向を分かってくれているはずだ。経営者は得てして独りよがりになりやすいんです。だから、定期的に客観的な調査やデータが必要なんですよ。そうやって、客観的に経営を見直すことも必要なんです。」

いつの間にか、小さな白い粒が窓の外をひらひらと舞い降りていた。

「初雪か。今年の夏はいつまで暑さが続くのかと思っていたが、あっという間に冬になってしまった。」

坂本は、誰にでもなく独りごちた。

「先生。私は正直言って、今回の再生の取り組みはよく分からず、どこか他人事でした。そして、どこか面倒くさいという気持ちがあったように思います。でも、これは弊社にとって良い機会なんだと、ようやく考えることが出来るようになりました。」

社長は専門家の方に振り返り、

「何とかこの会社を残せるようにして下さい。何とか従業員を助けて下さい。私と伊織はどうなっても良いですから。」

坂本は深々と頭を下げた。続いて伊織も頭を下げた。

降り始めた雪は、本格的になってきていた。先ほどよりも粒が大きくなった雪が、固く締まった大地に降り注いでいた。

つづく