第二十話「経営者の経営責任」
坂本社長と妻の坂本伊織取締役は、W県中小企業再生支援協議会の会議室にいた。会議室は質素で何の飾り気もなく、周辺の音も聞こえない息苦しい空間だった。しかし、坂本はなぜかしらこの会議室が気に入っていた。世間から乖離したこの空間にいることで、異日常的な体験をしているような錯覚に陥ってしまい、それが何となく心地よかったのである。一方、伊織取締役は落ち着かない様子で、しきりに髪のスタイルを直したり、襟のしわを伸ばしたりしていた。
「大変お待たせしました。お忙しいのにわざわざおいで頂き申し訳ない。」
平山統括責任者が牧副統括責任者とともに軽くお辞儀をしながら会議室に入ってきた。
「今月の状況はいかがですか。」
「ええ、今月もあまり良くない状況です。宿泊も相変わらずADR(販売客室1室当たり売上)が低いままで上がる気配が無く、稼働率も65%前後を行ったり来たりです。宴会と婚礼は全くだめですね。前年対比で90%前後が続いています。前回の報告会でご指摘頂いたとおり、当社の営業スタイルは旧態依然としているのかも知れません。高槻営業部長は頑張ってくれているのですが。」
「そうですか。」
「そう言えば、高槻が今月いっぱいで退職することになりまして。今回のデューデリジェンスがその一因だと思うのですが、もうこのホテルに私は必要ありません、と言うことを申しておりまして。引き留めたのですが、決意が固いようでしたので、退職届を受領しました。」
「ほう、それは大変ではないですか。」
「ええ、一時は大変だと思います。何せ、長年うちの営業を一手に引き受けてやってきた男ですから。やはり、専門家の先生からの指摘を受け入れることが出来なかったんだと思います。彼にもプライドがありますし、これまでやってきた実績もありますので・・・。でも、良い機会かも知れません。これまでのスタイルを変えるためには、トップを変えるのも必要かと。」
平山は坂本と伊織取締役を交互に見ながら、頷いていた。牧は時々メモを取りながら、坂本の話を聞いていた。
「トップですか・・・。今日は会社のトップ、つまり経営者についてお話しをしたくて、おいで頂いたのです。」
「・・・。」
坂本は、表情を変えず平山を見据えていた。
「まず、金融機関に何らかの支援をお願いする際には、そして今回のように債権放棄をお願いする際には、経営者の経営責任と株主責任を明確にする必要があります。簡潔に申し上げると金融機関から債権放棄の支援を受ける代わりに、経営者の交代と私財の提供、そして株式の100%減資が必要なのです。お分かりになりますか。」
「ええ。これまでに専門家の先生からもある程度の責任を取らないと再生は出来ないことは聞いておりますので。」
伊織取締役は、うつむいたまま軽く頷いているようであった。
つづく