コンシェルジュノート

2011/02/15 それでもホテルは生き続ける

第21話「憔悴」

 「私達の自宅はどうなるのでしょうか。」

 社長の妻である伊織は、遠慮がちに話した。いつもの伊織らしくなく、どこかしら落ち着かない様子だった。この息苦しい会議室のせいだけではないようであった。表情豊かに笑顔をお客様に振りまく伊織の姿は無かった。

 「取締役、ご自宅は抵当権が設定されています。しかし、今回の再建計画では、非事業用資産については全て売却して返済に充てなければなりません。ですので、ご自宅も売却対象の一つです。」

 「・・・。」

 再建への取り組みが進むほどに伊織の疲労は溜まっていくようであった。あれほど気が張って現場の最前線に立っていた伊織が、他のスタッフの陰に隠れるようになっていた。無理もなかった。企業の再建に取り組むことになる経営者にとって、体験することは初めてのことばかりである。伊織も組織のことや指示命令系統、提供サービス、営業など現場の最前線でやってきたことの多くが時代遅れであり、顧客ニーズに適合しなくなっていたことにようやく気づき、自信を失いかけていた。そして、破産配当率や清算価値、時価評価、抵当権など今まで聞くこともなかった言葉や数字に押しつぶされそうにもなっていた。

 

 「社長と取締役のご親族で、ご自宅を購入して頂けるような方はいらっしゃいませんか。あるいは、懇意にしている知人などは。そう言った方に購入してもらえば、購入者から社長がご自宅を賃貸することで、今まで通り住み続けることは可能になります。」

平山統括責任者は、伊織の心情を気遣いながら出来るだけ優しく話しているようであった。

 坂本社長は、手をあごに当てて少し考え込むような仕草をして、

 「榊原さんなら買ってくれるかも知れないな。ほら伊織、私が長年つきあっているお得意様の榊原さんだよ。覚えているだろう。確か、数年前も相続の際に資金が無くて1千万ほどお貸しして、何とか自分の土地を手放さなくて良くなったこともあったし。」

 伊織の顔色をうかがいながら、努めて明るく話した。

 

 伊織の顔にようやく、安堵の表情が戻ってくるようであった。

 

      つづく